レイトショーのかえりみち。
「ねぇ!ちゃんと聞いてる!?」
私が18才だったころ、よくモリちゃん(仮名)と映画を見に行っていた。
埃っぽい風俗街を少し抜けたところにあるそのくたびれた映画館※は、当時の私達にとって良き娯楽施設だった。なにせレイトショーだと安いだけじゃなくほぼ貸切り状態だったからだ。
映画の帰りは決まって近くにある「ALL100円!!」とデカデカと書かれた自販機でジュースを買い、(私はファンタオレンジ、モリちゃんはいつもコーラ。)
自転車をこぎながら、興奮ぎみに今日見た映画の感想を話す(時々裏返る)モリちゃんの声を聞きながら家路につくのだった。
今現在の私はあまり、というか全然映画を見に行かない。なぜかと考えたところ、『モリちゃん感想発表タイム』が無いからだということに気がついた。私にとっては映像そのものよりも、それをモリちゃんの目を通してみたせかいの方がよっぽど愉快で心地よい時間だったんだ。
「聞いてるよ、ちゃんときいてたよ。」
(※夏場に行くと朝からそれまで座っていたお客さんのおかげで座席がもれなく汗臭かった、なので私達は必ず持参したファブリーズをふりかけてから座った)
今週のお題「調味料」
調味料ではないのだけれども、ファンタオレンジの匂いは印象に残っています
好き好き大好き超愛していない。
「愛は呪いだ。」
10センチもあるピンヒールを脱いだばかりで藤崎は言う。
「夫婦愛、家族愛、友情。そんなものはテレビの中や道徳の教科書のために作られた、架空の聖人君子たちのためだけのものじゃない?」
そう言いながらかき分けた髪からシャネルの香水の匂いが舞い、狭い部屋の空気と混じり合う。
「実際、この世の中で離婚や不倫、虐待、いじめが蔓延っているのは「愛」そのものは人間がもともと持ち合わせて生まれてきていないという証拠になると思う。でも人は愛というものの存在を信じきっているから「本当に愛しているならナントカ」とかあげく「仕事と俺はどっちが大事なんだ」とか言う、架空の愛情に頼りきって足枷になってる、思想のズレを愛が足りないから思いやりがどうとかっていう曖昧で陳腐な言葉で正当化してなんとなく腑に落ちた気でいる。とにかく人は有りもしないのに愛に飢えている、愛の飢餓状態。これは呪いというしかほかナッスィィィ!!そもそも…」
「ちょ、ごめんなんで途中ふなっしー出てきた?」
「いやなんとなく」
「なんとなくならしょうがない、続けて」
そうして夜が過ぎ、私はまた寝不足で出勤した。彼女は夏休みらしく帰らず部屋で眠っている。
間違いなくこれは呪いだ。
まごころを君に、まごころで、君を。
<放映禁止>リアルな就活で批判受けた東京ガスのテレビCM - YouTube
こういう家族のあたたかみが感じられるものに弱いです。泣きたくなります。
ショートピースください
煙草やめなよときみはいうけれど、少しの間だけ話を聞いてほしい。
おれは麻雀もパチンコもやらないし、大酒飲んで暴れることも、風俗に行くこともない。
それに、特にこれといった趣味も無ければ、人付き合いもあまり無い。
だから一日に3本だけ、
朝と、昼食後、最後は同じく、晩飯を食った後。いちにち3本だけ許してくれ。
秋雨
秋の雨が好きだ、夏が残していった熱をおだやかにひやしているような雨が。
頭ではそんなことは無いということは十分にわかっているけれども、
どうもふやけて世の中が少しやわらかくなった気がするから。だから、すきだ。